師走になると、街はクリスマス一色になり、それが過ぎれば、年越しの準備…と俄かに慌ただしくなる。
箱館古戦場通りに位置する倶楽部五稜郭も、例外ではない。
クリスマスイベントを終えたばかりのここは、
大晦日のカウントダウンイベントに向け、従業員一同が準備に奔走していた。




とりわけ多忙を極めているのは、榎本のようである。




先程、男性客と奥へ入ったきり、出てくる気配はない。
同じボックスに座っているは、向かいに居る斎藤と山南に問い掛けた。


「あの…ここって、ホストクラブなんですよね?」

「あぁ…」

端的にしか答えない斎藤に、は次の言葉を探しあぐね、
本来聞きたかった事を聞けずにいた。
その様子を察したが、山南に尋ねた。
「ここでは、男性の客も遇すんですか?」
「もしかして、榎本さんの客人の事を気にしているのかい?」
「はい。」


期待していた答えに結び付くかもしれない。


そう思ったは、目を輝かせて山南を見た。
「そうだなぁ…今日のような事は度々あるのだけど。大概は仕事の話に来るんだ。
少なくともあの男性は、榎本さんを指名しに来た訳じゃないから、安心して?」
「いや、私はそこまで心配してた訳じゃ…」
悪戯っぽく笑う山南に、からかわれたのだと気付いたは、
少々居心地悪そうに視線を逸らし、頬を赤らめる。


「あの男ならば、余も会ったことがあるぞ。」


隣のボックスに座っていた容保が、四人の会話を耳にし、
ソファーから身を乗り出して会話に加わってきた。
「容保さんもお知り合いなんですか?」
「ああ、確か江戸で会った筈だ。榎本の家臣ではなかったか。」



「…大鳥…」



ボツリと名を口にする斎藤に、一同は視線を集めた。
「え?」
「大鳥圭介…という名だったと思う。」

その言葉に、山南が付け加える。

「あの人も、徳川の家臣でね。榎本さんの右腕とも呼べる存在なんだ。」
「へぇ…」
、そしては、一瞬だけ見ることのできた大鳥の姿を脳裏に思い出し、
案内されていった店の奥を見つめていた。



「目の前で、他の男の事を考えるとは、そちもつれないな…」
「えっ!?」



が振り向くより早く、容保はの体を腕の中に閉じ込めていた。
「私も、大鳥さんに少々妬いてしまったよ。君の心を一瞬でも惹き付けたのだからね。」
そう言いながら、山南はの隣に腰を降ろし、じっと顔を覗き込んだ。
「ちょっ…近くありませんか?」


「はは…」
また始まった、と思ったは、苦笑しながら目の前の湯呑みに手をかけ、
暖かな抹茶をゆっくりと飲み込んだ。





一方土方は、奥の部屋で残務整理に追われていた。
これも毎年師走になると恒例の事で、倶楽部の従業員達はさして気にも止めないのだが。
「手伝わせちまってすまねぇな。」
「いえ、これで少しでも土方さんの負担が軽くなるのならお安い御用です。それに…」
手に束ねた書類を、机上でとんっと整えながら、は何かを思い出した様に呟いた。



「突然沖田さんに連れ去られるのは、もう御免です。」



確かに……と土方も苦笑する。 以前、師走に称名寺、誕生日に五稜郭へと、
どこからともなく現れた沖田がを、土方の元へと強制連行しているのだ。
とても心地のいいものとは言えなかったその行為に遭うなら、
最初から土方の元にいた方が安全だ、と判断したのだ。

ちらりと部屋の掛け時計に目をやった土方は、
席を立つとの元へと歩み寄り、手にしていた書類を取る。
「今日はここまでにしよう。随分長い間拘束しちまったからな。」
手際よく数々の書類を仕舞うと、を送ろうと、ドアを開け先にを通した。
すると同時に向かいの部屋のドアも開き、中から榎本が出てきた。


「おや、土方君君、二人お揃いとは。」

「どなたですか?」

榎本の後方から声がしたので、土方とは声の方へと視線を送った。
榎本は廊下に出ると、さっと横に移動し、声の主に土方とを紹介した。
「土方君…はいつも顔を合わせているから分かるだろう。
隣にいるお嬢さんは君。土方君の永久指名客だよ。」
「初めまして。私は大鳥圭介。釜さん……いや榎本さんとは江戸に居た頃からの付き合いでね。」
そう言うと、大鳥は握手を求めて右手をの前に差し出した。

「初めまして。」
素直にが大鳥の手を取ろうと手を差し出しかけた瞬間、
土方がの腕を掴み引き寄せた。

「今日は仕事の話をしに来たんだろう?だったら、こんな所で油を売ってる暇があるのか?」
「相変らず手厳しいね君は。」
大鳥は肩を竦めて苦笑すると、フロアの方へと歩き出した。
「それじゃあ釜さん、私はこれで失礼するよ。船の手配は滞りなく済んだから、安心して。」
手を振り去っていく大鳥の後姿を、榎本、土方、の三名は、
姿がフロアに消えるまでその場に立ち尽くしたまま見送っていた。








「土方君の永久指名客…ね。本当にただの客なのかな?」


意味ありげに口元を緩ませた大鳥は、コートを羽織ると、
店内の従業員達に軽く会釈をし、倶楽部五稜郭を後にした。



















大晦日の午後九時。 箱館港には、イルミネーションの装飾で、
豪華に彩られた客船が停まっていた。
乗船しているのは、倶楽部五稜郭のホスト達と関係者、
そして倶楽部の会員の女性達であった。
汽笛を合図に、船は港を出発した。






「どうかね?開陽の乗り心地は。」
「はい、とってもいいです。立派な船ですね。」

の答えに気を良くしたのか、榎本は満足そうに笑みを浮かべ、髭を撫でた。
「気分が悪くなったら、遠慮せずに言いたまえ。」
「はい。」
挨拶を済ませると、榎本はまた別の場所へと行ってしまった。



「きっと色々と段取りがあって忙しいんだよね…」
は寂しそうに、榎本が消えていったその先を眺めていた。






は、手摺に凭れながら、海から見える箱館の景色を眺めていた。

「そんなに身を乗り出すと、海に落ちてしまうよ。」

後ろから声を掛けられ振り返ると、山南がこちらへ向かって歩いてきた。
「海から眺めるのも悪くないだろう?」
「はい、箱館山から見下ろす景色とはまた違いますね。」
そう言いながら箱館方面に目をやるの横顔を、山南は嬉しそうに見つめる。
その視線に気付いて、は恐る恐る目線を山南へと戻した。
「あの…どうかしました?」
いつも山南の巧みな言葉に翻弄されるは、返答が返ってくる前にとっさに身構えた。

「いや…今日はここへ来て良かったと思ってね。」
「え……?」

予想していなかった答えに、肩透かしを食らったは、不思議そうに山南を見上げた。
「この所少し思い悩む事があってね。
だけど、君の顔を見ていたら、心が軽くなったよ。」
思い悩むという言葉が何となく引っ掛かったは、それを尋ねようとしたが、
その前に山南がの背後に回り、手摺を掴んだ。


「少しだけ…こうしてても構わないかな?」
背中に感じる山南の体温にドキドキしながら、はこくりと頷いた。






「あの…容保さん。」
「……何だ?」
「この状態は、不自然じゃないですか?」


と同じく手摺に掴まって景色を楽しんでいたは、
何時の間にか容保の外套に包まれ、身動きできずにいた。


「夜の海風は一際冷たいからな。長く当たるとそちが風邪を引く。」
「いえ、これくらないら……」
「何を言う。こんなに冷えきっておるではないか。」
そう言うと、容保は冷えたの手を取り、頬を寄せる。

「だから余が温めてやろうと思ったまでのこと。それとも、これから部屋へ行くか?」
「……!?」



何だか危険な言葉を聞いたような気がしたは、慌てて頭を振った。
「い…いえ、もう少し外の景色を眺めていたいので。」
「では、このままで居るとしよう。」
結局は、容保の腕の中で身動きできないまま、景色を眺める事になった。






開陽の船内を興味心身に歩きまわるに、土方が笑みを零しながら息をついた。
「そんなに面白いか?」
「はい。これだけの船を維持できる徳川の懐も凄いですけど、
こんな装備を作ってしまう造船技術にも感激しました。」

「一度休憩がてら、甲板の方へ飲み物でも取りに行かねぇか?」

その言葉では、土方を休む事無く連れ回してしまった事に気付いた。
「そうですね。すいません付き合わせてしまって…」
「いや、いいさ。お前と話が合いそうだって事も分かったしな。」
そう微笑みながら、甲板への階段に足を掛けると、背後から声がした。


「先程の言葉、釜さんが聞いたら喜ぶだろうね。」

現れたのは大鳥で、途端に土方の顔が険しくなった。
「もちろん、私も鼻が高いよ。今度さんには是非、我々の会議にも参加してもらいたいものだね。」
「あの…」
との距離を詰めようと歩み寄った大鳥だったが、
その間に土方が割って入り、それは叶わなくなった。



「こいつは女だ。それに客をそういう話に巻き込むのはどうかと思うぜ。」
一瞬、きょとんとした大鳥だったが、再び温和そうな笑顔に戻ると、
土方だけに聞こえる様、顔を近付けて囁いた。
「本当に彼女は客なのかい?」
「………どういう意味だ?」




二人が一触即発の緊張状態に陥ったその時、甲板から声を掛けられた。


「土方さ〜ん、早くこっちに来ないと、食べ物み〜んな原田さんに食べられちゃいますよ〜。」


沖田が屈託なく笑い、手を振っている。
「ああ、今行く!」
危うく、大鳥の口車に乗る所だった土方は、正直沖田に助けられた…と思った。
そのまま大鳥には目もくれず、を連れて階段を上がっていった。






午後廿一時五廿九分。
甲板には乗船している全ての人が集まり、年明けの秒読みを開始する。
「五・四・三・二・一……」

零の声と同時に、榎本が右手を掲げると、陸から祝砲が鳴り響く。
そして開陽の周囲を旋回していた蟠龍、高尾、回天から花火が打ち上げられた。
空高く輝く炎の華に、全員が感嘆の声を上げ魅入っていた。



こうして、新たな年が幕を開けた。












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